東京高等裁判所 昭和56年(ウ)438号 決定
一 裁判所に対し訴訟上の救助を求めるには、当該当事者が訴訟費用を支払う能力がないことのほかに、「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことを必要とする(民訴法一一八条)。右の「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことという要件は、勝訴の見込があることというよりも緩やかな内容のものと解され、また、控訴審における右の要件の存否は、第一審の口頭弁論の結果のみにより判断すべきではなく、第一審で敗訴した場合であっても、そのことから直ちに勝訴の見込がないと断定すべきてはないが、当該事件につき裁判所の判断を受けていない第一審の原被告と第一審で敗訴した第二審の控訴人とでは、右の要件の存在することについて尽すべき疎明の程度は同一ではなく、後者は前者に比してより具体的な疎明を必要とするものというべきである。すなわち、控訴人が第二審において訴訟上の救助を申立てるには、当該当事者が第一審で敗訴しているが、(1)証拠関係からして、逆に、第二審では勝訴の見込がなくはないこと、(2)第一審判決に含まれる事実上、法律上の瑕疵のため、右判決の取消の蓋然性がなくはないこと、(3)控訴人が第二審で提出する新たな主張が新たな証拠によって裏付けられることにより、控訴人勝訴の見込がないとはいえないことなどを具体的に明示して、これを疎明しなければならないというべきである。
二 ところで、申立人の主張する「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことの要旨は、(1)申立人は、刑務所を出所したものの冠不全などの重病のため生活が困難となり、右病気を治療すべく警察署へ相談に赴いたところ、その係員から「犯罪があれば警察でも治療が受けられる。」旨告げられて、東京都文京区内の会社社長宅強盗事件をあたかも自らの犯行のごとく自供したのであるのに、被控訴人株式会社産業経済新聞社は、事実に基づかない想像をもって、「刑務所暮らしの方がいい」、「五年前の強盗自首」、「出所男、物価高に降参」の見出しを付し、かつ、「自首して来た高尾猶行」という説明文を付した申立人の顔写真を掲げ、出所後間もない申立人が物価高で生活ができなくなり刑務所を再志願して自らお縄を受けに自首して来た旨虚偽の記事を掲載して申立人の名誉を毀損したものである、(2)しかるに、原審が右事実を認定せず、申立人の慰藉料及び謝罪文掲載の請求を排斥したのは、証拠の評価を誤ったからであり、また、控訴審において新たに提出する予定の刑事々件の判決書謄本及び右記事の取材源である警視庁勤務の警察官を証人として尋問することにより、右報道が虚偽であることを立証し得るのであるから「勝訴ノ見込ナキニ非サル」場合に該当する、というにある。
そこで、検討するのに、記録によれば、昭和五二年六月一四日、出所後間もない申立人が大阪の浪速警察署において、その約五年前東京都文京区で発生した強盗事件を自供(自首)したことは、申立人の自認するところであるが、右自首に至る経緯ないしは自首の動機に関する報道が真実に反し、この点についての虚偽報道が申立人の名誉を毀損するというのが申立人の主張(請求原因)の骨子である。しかし、本件記事の中には「服役中に持病の心臓病が悪化した」との記載もあるので、担当記者はその事実を承知していたはずであるが、なおかつ自首を当時の物価高と関連させて報道したのは、取材を総合したうえでの担当記事ないしは被控訴人の判断によるものであり、そのように自首の誘因が当時の物価高にある旨報道したことが申立人の名誉を毀損するいわれはないし、また、自首の動機に関する申立人指摘のその余の報道部分は、担当記者ないし被控訴人が申立人の自首の動機をことさら歪曲、揶揄する意図に出たものであるか、あるいは新聞報道に携わる者として尽すべき注意を怠って軽卒に作成したものであるならともかく、しからざる限り不法行為を構成するものということはできない(換言すれば、報道された自首の動機が申立人の認識していた主観的動機と異なるとしても、その一事により申立人に対する名誉毀損が成立するということはできない。)ところ、申立人が当審において、この点に関する原裁判所の認定とは逆に、担当記者ないし被控訴人に右のような意図が存したことあるいは不注意と評価しうる事実の存したことを立証しうる可能性がなくはないと認めうる資料は存しない。すなわち、
(1)申立人が本件申立書において挙示する証拠を検討するも、原判決が証拠の評価を誤ったことは認められず、(2)申立人提出予定の刑事々件の判決書に、仮に「申立人が病気を苦にして警察の市民相談係に来て医療を頼み、これを断れたが為に、途方に暮れていた時に警察官である相談係員が詮索がましいことを言ったことは明らかで疑いない。」との記載があるとしても、右記載が存することの故をもって、本件報道が名誉毀損を構成するものと断ずることはできないし、(3)申立人が申請予定とする警視庁勤務の警察官は、被控訴人の担当記者斎藤勉が原審において証人尋問を受けた際、取材源の秘匿を理由にその氏名の供述を拒否しているものであるから、控訴審において証人として尋問することは期待し難いといわざるを得ない。
その他、記録を調査するも、原判決に事実上、法律上の瑕疵があり、原判決取消の蓋然性がなくはないことを窺知させる資料は存しない。
(蕪山 浅香 安国)